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ロハスビジネス

ロハスビジネス (朝日新書 97)

ロハスビジネス (朝日新書 97)


ロハスとは何か、ロハスでビジネスをするとはどういうことか、といったことが書いてある本。どうも、ロハスな考え方ってのは、ぼくにあまり合わないのだが、プロモーションの仕方やこういったターゲット層が徐々に増えている、という感じで、マーケティング的な枠組みでとらえると、別段忌み嫌うほどのものでもないのだな、と思ったり。
本著には、ロハス的な会社を作る(に、していく)ならば、CSRなどをきちんと発信していくべきだ、と書かれているのだが、実際の現実では、企業のCSRサイトのページは金をけっこうつぎ込んで作っている割に、ぜんぜん人がこないのが実情らしい。大企業が少しばかり、ロハス的なことをして、CSRを充実させるより、中小企業が、企業理念の中心に活動内容を沿えて、立派なCSRを展開するのが効果的だと思う。アンケート調査では、4人に1人が環境だとかロハス的なことに興味があると書かれているが、実際に動いているのは、もっともっと少ないだろう。だって、こんなに地球温暖化とかいわれているのに、何か自分で「地球のため」にしていることがあるかと問われれば「ない!」といわざるを得ない。周りを見渡してもそんな感じだし。……あくまでも主観ですが。
だから、潜在層は多いだろうけど、パイの小さいニッチな市場にしか見えない、このロハス層なんだが、それでもぼくはやり方次第では上手くいく可能性があると思っている。例えば、ちょっと違うかもしれないけど、

……(略)……某エコ系ライフスタイル雑誌の副編集長という人が、「ダウン症の人の描いた絵にはっとさせられた」「『障害者アート』なんて言葉は不要です」「坂本龍一さんも認めたんです」というようなことを壇上で語っていた。ああ、そういうものですか、と聞いていたのですが、そのうちに、
「障害者の『無垢』が持つ力」
まで言い出したので、わたくしもう聞いているのが辛くなりましたのですが、……(略)……
……(略)……ただ、それとちょっと「正義商品」が違うかもと思うのは、こういう「善」のイメージを商品価値設計に持ち込むのは、踏み絵的になる面があるということですね。「あなたは障害者が作ったクッキーを食べたくないということはもしかしたら彼らに対して偏見があるんじゃないですか」とはっきり言われるわけじゃないけれど、あの価格設定は単にハンドメイドどうこうという以上のものだから、なんであんなに強気なのか。
それは、善悪というのは、社会的に設定される評価軸だからじゃないでしょうか。好みというのは、自分の中で自ずとあるものかも知れない。抹茶アイスが好きです、というのは他人にどうこういわれるものではない。しかし「障害者に偏見はない正義の人間ですから障害者が描いた絵の本当の良さを見抜く自分は偏っていません」というのは、むしろ「他人に対して道徳的に武装する」ためのものであるかも知れません。悪と罵られないための保険としての。その意味で「正義」は究極の記号価値、ブランドであろう。……(略)……
「正義商品」としての「障害」 - 福耳コラム

この「障害者=無垢」というプロモーションの仕方同様、「地球に優しい=絶対的な善」「環境に悪いことをしていて、あなた、正気!?」みたいな売り方も、一つの手段としてありなのかなぁ、なんて、読んでいて考えていました。