犬が走った。

ぼくの住んでいるオンボロマンションの向かいには公園がある。公園の横の道、つまり長方形の一辺を、歩いて会社まで通っている。このグーグルカーですら通らない細い裏通りのような道に、一匹の犬が、毎日、朝も夜も、鎖に繋がれて居ない状態で、ぼーっとアスファルトの上に寝そべっている。たまに老主人が傍にいると、少し、ハアハアと息を吐いて、お愛想程度に尻尾を振っているのだが、普段はまったく微動だにしない。犬に関して詳しくないので、品種はよくわからない、でもたぶん雑種。白い。白い犬というと、ソフトバンクの犬っころを思い出すが、あんなに毛並みはよくない。首輪がついているので、かろうじて飼い犬だと分かるレベル。で、勝手にシロと呼んでいる。ちなみに口に出して呼んだことはない。
その白いシロが、ものすごい勢いで走っている姿を見た。理由は単純で、遠くから飼い主に呼ばれたから。ぼけーっといつも寝そべっている定位置から、「なんとかー」って呼ばれたとたん、ちゃちゃっちゃちゃっちゃと駆け出したのだ。もう、その姿に驚愕して、せっかくその白い犬の名前を聞き取れたのにも関わらず、一瞬で忘れちゃうし。お前犬の癖に能ある鷹みたいじゃねーかよー、みたいな意味不明な言葉が脳裏を走る。もちろん良識あるサラリーマンであるぼくは、少し驚いた風を装うように、眉を、ほう、と上げただけ。