『MEDIA MAKERS』(田端信太郎 著) を読んだ。

MEDIA MAKERS―社会が動く「影響力」の正体

MEDIA MAKERS―社会が動く「影響力」の正体

「メディアとは何か?」「メディアとの付き合い方をどうすればいい?」「メディアの影響力や信頼性とは?」これらを軸に、本来は曖昧でつかみどころがないメディアという概念を、テクノロジーの話やブランド構築を交えた雑多な知識を例に説明していく趣旨の本。

なるほどなあ、と思ったのはgoogleの信頼性を高めるのに貢献したのはwikipediaという話。知らないことを知ろうと思って検索したとき大体最初に見るのはwikipediaだ。yahooでもよかったんだろうけど、「知りたい情報にすぐに行き着く=google」のイメージがついたのは確か。2000年前後のyahooのカテゴリ分けにも信頼していたけど、情報量の増加と共にほころびが見え、そこから徐々に減点法的にyahooは使わなくなった気がする。でも、結局よく見ていたのはwikipediaだもんなあ。

さらに面白いと感じたのは以下の文章。

なぜ、人は大事な会食の場面において、ホストとして自分が飲食店を決める際に「『食べログ』で点数が高かったから、ここに決めた」と相手に言いにくい雰囲気があるのでしょうか?大げさに言えば、この「ミステリー」について考えると、「権威性」に重きを置くメディアと「参加性」に重きを置くメディアの違いが浮き彫りになると思います。

そこから、同じ店でもミシュランと食べログに掲載されていた情報では編集者の「責任」が違うと筆者は書いている。権威を持つメディアには「責任」が生じる、とのこと。

「お前のところの飲食店レビューがインチキだったから、大事なプロポーズを失敗したじゃないか!信じていたのにどうしてくれるんだ!」と、ミシュラン社に怒りの電話をかける人がいれば、「まあ、気持ちは分かるよ」と思う人もいそうですが、同じパターンで「食べログ」の運営会社に電話して「あそこのお寿司は美味しい!って食べログに書いてあったけど、干からびているじゃないか!この馬鹿、責任者を出せ!」と苦情を言ってくる人がいれば、クレーマー扱いでしょう。
なぜならば「コントロールできないものに対して、その内容に責任を取れ」という態度は単なる言いがかりだからです。

料亭とか人に聞ける店ならいいけど、メキシコ料理で会食に相応しい店とかになると、確かに、無意識にミシュランとか紙のガイドブックなり人の手で編集されたものに頼る気がする。いつだって僕らは言い訳が用意できるようにしておかないと安心できない。

あと本著で気になったところは7章の「メディアとテクノロジー」という話。曰く、テクノロジーの発展に沿った文化や行動が形成されるとのこと。例えば、レコードからCDになったことでサビの入る位置が変わったり、アクセスアップのためにタイトルが釣りっぽくなっていく記事が大量に生産されるようになったりなど・・・アーキテクチャ(環境設定)によって行動様式が変わる。

アーキテクチャによって行動が変わるって話は以前どこかで読んだか聞いたことがあるんだけど・・・思い出せない。森博嗣の小説だったけなあ。

たぶん、1章づつでも本が書けてしまうんだと思うけど、書いてある内容の割にさくっと読めてしまう本。メディア関係(フリーペーパーでも、自社ウェブサイトでも、ニコ生でも)に少しでも関わっている人は読んでおいて損はないと思う。